多次元的視点」カテゴリーアーカイブ

目の前の人を愛するということ

さおりです。

真夜中に外が明るいなと思ったら、奈良はうっすらと雪化粧❄️

一段と寒さが増しました。

……..

あなたは わたし

わたしは あなた

私は自分の屋号の意味合いにそれを含めています。

ここって、何度も何度も自分に聞いて

何周もしたところ。

かと言って、明確な答えみたいなのはなく

愛という名のように大きく壮大なものだと思うし

究極なんだろう。

この捉え方って、次元のように何層にも連なっているんだなーって感じます。

目の前の人を大切にすること…

例えその人が、自分にとって嫌な感情を運んできたとしても、今その瞬間はあなたの目の前にいる人と

一緒に笑って 泣いて 怒って 

一緒に遊んで ご飯を食べてということを味わう。

そういうシンプルなことだと思う。

違和感は自分で持ちかえり、自分に問う

自分の感情を味わいきったら、次に大切な人だと思うほどにワガママに感じられても伝える

その連続。

もちろん、その場で伝えることもあっていい。

どちらが正解も不正解もない。

自分の体験が真実となっていくのを、信頼していくだけになる。

私は仕事上、リーディングをするけれど日常においてはそれは必要ない。

ただそこに在るだけ

それを体験を通して知った。

話していると、言語がわからなくなる瞬間もあって

とても面倒くさいと感じた。

自分の感覚と信頼を尊重し

同化することと

あなたはわたし

わたしはあなた

を混同しないこと。

それは、混同させて巧妙に歪みをつくることになるのだと改めて気づかされた。

立春までは、色んな場所と景色を見るねー。

本当に自分の在り方、立ち方が問われているのだと感じています。

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意識変容とともに気を付けること

さおりです。

昨日からめちゃめちゃ寒い~。
ファンヒータもカーペットもフル活動(笑)

今、なんか時空の広がりとともに混沌としています。
色んな多次元的視点が広がり、その次元に留まる人やスポットにはまる人。

5次元意識をもちましょう

というのは、私もそう思います。

でも3次元的意識があってこそ。なのです。

現実をないがしろにしながら、創造はしていけない。
5次元の新しい創造が未知数だから、何でも創りかえることが出来る
というのは、3次元の恩恵があるからなのです。

5次元意識をもつには「女性性」をひらいていくのが必要ですが
女性性を叶えるのは男性性の気質

だから男女がいる

それもわかる。

未熟な女性性をもった男性は幻想をもった夢の中にいつづける
成熟した女性性をもった女性は、未熟な男性性を鍛えないと、同じく夢の中

幻想ゲームの幻想という世界にいる

パートナシップは自分の男女性を整えていくことです。
人を通して、自分を知りつづける
 
やっぱり、これから3次元と5次元をしっかり自分の声を通して表現していくこと。
この世界に入ったのだと感じます。

パートナーシップのセッションはフリーセッションでお申込みください。

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私が私へ送った最大限のギフト2

さおりです。

前回の私が私へ送った最大限のギフトより続いています。

今の段階でこれについて書くのは最終です。

体験したことを私がギフトへ変えたのか!なので、これから先どうなりたいのか?と言う所には今私は焦点を置いていません。それを踏まえてお読みください。

実は毎回勇気出して書いてます(笑)
ここを書くことは真面目な性質の私にとっての勇気と覚悟が大きいのです。
何故書いているかは、自分を表現するということを超えていくことがギフトになることを知っているから。どの記事もそうですが、このblogは私の体感を通して書いていることでその時の出した言葉に嘘はありません。

ただ自分の取り組みをやり続けた結果として、変更されるという事は起こってきます。
それは現象が動くという事であって、自分への理解が深くなった視点からまた書くという行動に繋がるからです。
 
特にツインレイに関しては体験している人も少なく、誰かと気軽に答え合わせするレベルでもなく
どれが正解だということもない。

きっと個々での体験そのものがその人の正解になっていくということだけだと思うのです。
これはどの人の人生の体験でも同じことなんです。全部体験を通して、生き方や在り方を知っていくことが愛そのものなのだと。

このツインレイが壮大な宇宙のシナリオなのだとしたら?体感なんて集約することはできないはず。私の体験にしても、エネルギーと現実を動かしていく交流という点でみればあまりにも短すぎて、「こうだからこうなりました!」という所までの検証と理解は出来ていないのが事実です。

さて、話を戻します。

去年の10月突然始まった身体の変容。
何度も何度も自分の内側と対話をし、変化変容しながら新しい領域へ行くのが楽しかった状態でした。その流れのなか私は去年受けたともちゃんの次元ワークフォルメンの設定の時、「愛」について体験すると言ってから1か月経たない状態での出来事。その時この設定が動いている事も全然気づいてはいなかった。
 
もちろん愛という掴めない言葉の大きさの中に、ツインの交流というところは私自身も認識していなかったのが事実で、混乱から始まりました。
  
ただ私と関わってくださっている方の中でツインレイに取り組んでいる人と接する機会が多かったので、「そういう現象があるのだね。すごい不思議だね~」というくらい。そういう魂同士の約束が運んでくることってあるのだろうけれど、私には全く関係ないことだと思っていました。でも、やたらそのキーワードは耳にするよね~ってくらいの感じではありました。

最初の変容。
私は相手と会ってもいないのに、突然エネルギーでの交流がハートチャクラを通して起こり、相手に意識を向けるだけで全身が溶けていくという体感を繰り返し、幸せというエネルギーに包まれていました。私は何が起こっているのか理解できる知識もなく、めちゃめちゃ混乱していました。エネルギーがもたらす「うねり」を、ただ感じるしかなかったのです。

ハートチャクラを通してもらたされるエネルギーと言うのが重要なポイントだと思います。
そのハートからくるエネルギーが全身を駆け抜けていく心地よさを体感で覚えています。

同時に睡眠が平均3時間になり、不食という現象が起き始め、気が付いたら2週間で体重が5キロほど減っていたと思います。でも、肉体的に不調はなくどちらかというとめちゃめちゃ元気でした。
ライトボディという言葉がありますが、おそらくその状態に近かったのでは?と。

ここに関してずっと思っていた事・・「あの至福なエネルギー体験は何?」という疑問。
相手との関係性が終わってからもずっと不思議でならなかったこと。私は説明のつかない体験にずっとこだわっていました。それは私の知りたいと言う情熱だった訳ですが、その事がまたひとつ深い視点で腑に落ちた。これが8次元交流を通してもたらされるエネルギー。溶け合ってひとつになっていく感覚で、境目がないという体感。
あぁ、、、人として肉体を持ち振動数をあげて交流するということはきっとこの体感なのかもしれない・・と感じたのです。
    
ツインレイが肉体次元で出会うということは、この境目のないエネルギーを体験するということがひとつの目的にも含まれているのだと感じました。この感覚が元々ひとつであったことの記憶なのかもしれません。

溶け合う体験するということは相手も顕在意識では認識はないが、その時8次元以上のエネルギーをもっていたという事になるのかもしれません。そこは定かではないのですが、私がその時相手から感じた行動と言葉はとてもカチッと心地よくはまっていました。何よりお互いのハートチャクラも健全な状態であることも重要です。ハートチャクラは感じるということを得意としているので、同じエネルギー発信と受信をもたないと起こらない現象なのかもしれません。
ラジオの周波数と同じですね。
  
実際相手にハートチャクラについて聞いた時「底なしの世界、どこまであるの?」という表現でした。体感というよりも、ハートの奥に広がる無限の宇宙を感じていたようなエネルギーでした。それを聴いた時、「あ~この領域の話の共有ができるんだ。やっと・・」と思ったのでした。その時私はきっと相手を通して自分の光を見ていたのでしょう。それが何よりも幸せという表現になってしまうのが、勿体ないのですが・・。
わたしはあなた
あなたはわたし という表現になるのかな・・。
 
陰陽セットではないと働きがない現象なのでは?と感じています。だってそれが起こるのならば、出逢う人みんなに私はその至福のエネルギーを感じてしまうことになるから(笑)
ただ、これがレイだけではなくフレームにも起こるのか?と聞かれたらわかりません。もしかすると、起こるのかもしれない。

0次元と8次元を統合させていったとき、次々に肉体の方の各チャクラの統合に向けて陰陽が現れ始めたのです。

まず、第1チャクラの生存や集団と7チャクラの委ねるという行動。
存在自体をあるがまま受け入れるという宇宙視点から見た私の統合は、ここに関してとてもスムーズでした。
実際に再会した時相手が辿ってきたプロセスを聴いて、「本当におつされさまです。私の世界では体験できない道を体験して下さって感謝しかありません」という思いでした。
 
私はあなたの全部を受容できる。そんな感じでした。
そしてこの時が一番お互いを共有できた時間でした。この後、物理的に共有できる時間はなくなって行きました。
 
それから、2~6チャクラをずっと鍛えられました。
最初はハートチャクラに聴いてやっている事に自覚があり、それは全部のチャクラの古いエネギの掃除をして、新しいスペースを空ける為に構築しなおしている感覚でした。

私は私に沸いた感情をハートにもう一度聴きなおすんです。
「本当にそう思っている?」と。余計な思考を外した先に残るのは、シンプルな「嬉しい」「悲しい」「楽しい」という言葉たちになりました。
ここから、第3チャクラの個人の恐れを超え、第5チャクラを通して相手へ伝えることが出来るか?の所を何度も何度もやりました。
自分の心に留めるのではなく、「私の気持ちは素直にこう!」という伝えるトレーニング。そこに見返りと期待はいれない。そうすることで私の第2チャクラの情熱は一緒に第6チャクラへと繋がれていっていました。このチャクラからチャクラへの作用がスムーズである時、現象も望んでいる方へと進んでいくのですね。
 
でも、あることをきっかけに次第にハートチャクラが閉じていくのです。
相手が隠していた事実を時間が経ったある日聞かされた時、私は絶望感と恐怖に飲み込まれていくのです。
 
それはお互いの目的地を決めた直後でした。冷静に思い返すと、今の私の意識状態からみるとただの「お試し」ということなのですが・・。その時は恐怖でしかなかった。
 
健全ではない状態になってしまった時、感情を上手にコントロールすることが困難になったのです。俯瞰するという私が得意としていた6チャクラが崩れていました。
2チャクラが優位になってしまったのです。そうすると今度は第3チャクラも暴走し始めて、何もかも雪崩のような状態。そしてハートに聴いてもかすかなその声を私はキャッチすることがだんだん困難になってきていました。
恐怖が運んでくる、「捻じれ」。シンプルな言葉は思考の罠に引っかかり、妄想の中にいる自分。だから現実もどんどんおかしくなっていきます。
   
完全に私はその時、おかしい自分に気付いていながらも自分を脇に置いて相手そのものになった時期がありました。
元々エンパス体質だったので、同化が起こっていました。
相手がベースにして生きてきた激しい嫉妬(これは自分で自覚して伝えられていました)を、私が
媒体となり感情を出していく。そうすると私の中にもあって忘れていた嫉妬と一緒になり、出す時はエネルギーの質量として何倍もの出力となるのです。
ですからぶつけられた方はたまったもんじゃない・・という状態だったはず。
でも、それって自分のエネルギーなんだけどね(苦笑)まさか自分のエネルギーだなんて知る由もないのだけれど。

  
肉体のチャクラの陰陽で見せられる現象と自分のところで統合するエネルギーの区別がつきにくくなってしまっていました。相手の課題までやろうとしてしまって、第3チャクラの境界線も超えていったことがありました。
第3チャクラは境界線を保ちながら「明け渡す」という行為がありますが、私は明け渡している状態ではなく度を越して同化状態。私の中に心配という言葉さえ忘れていたのに心配というエネルギーが次第に私の中を支配すようになって、ある日それは怒りに変わったのです。
現象自体に怒っているのではないのに、感情のまま怒ってしまうという理解不能な行動。でも自分でも気づいているんですよ?意識の片隅で・・。

私のエンパス体質が近い関係性の中で起こした弱さ。明け渡すという行為が、役割の状態としての働きではなく、陰に傾き同化するという方向へいってしまったのです。
同化するとはまるで相手のように振舞ってしまう・・ということ。
ここで、私自身の課題が浮き彫りになったのです。
  
「君の名は」を観た方はわかるかもしれません。あのストーリーで起きていたのは意識が丸ごと相手の中にあり体験も全部している状態、私の場合は意識の一部が入れ替わり相手の感情の激しさを体験したり、時々相手の肉体の痛みも体験するということが起こっていたような感じです。
急に「孤独」が襲ってきたり、底知れぬ「寂しさ」で泣き続けることがありました。それは意識を向けた後に起こっていましたが、その時はわかりませんでした。
だから、自分自身が混乱状態なのです。私自身のエネルギーは明け渡すことで枯渇状態でしたので、もう自分で循環していけるポイントも見つけることが出来ず、頭の声はいつも相手の中にありました。自分の事に集中できないんです。どうやっても・・・。意識が丸ごと持っていかれている、自分が持って行ってしまっている状態が長く続きました。

この体験が魂の作用からの感覚なのか?人間的な私の体質絡みなのか・・。
もちろん「種」はもっていたのだと思います。細かい動きに関して確信が持てません。だた、ひとつのきっかけがトリガーになったのは事実で体験自体も複数が絡んでいたのかもしれません。このトリガーは他の記事で書いていたと思いますが、「女性」としての私自身をどう扱うのか・・が焦点でした。比較して自分の価値を下げていく事で、恐怖が襲ってきただけの現象。だと今ならわかります。

相手もまたどうしようもない恐怖を感じていたと思います。顕在意識では本当にわからなかったでしょうが、現実がどんどん収集のつかない方向へ行ってしまっているようでした。
その時よく読んでいたツインレイの記事に書いてあったのですが、自分が精神的領域を扱う役割ならば、相手は3次元的な現実のところが忙しくなるということが起こるそうです。

でも、ある意味整理されていないエネルギーの掃除が始まっていたのだと思います。こうしてお互い個々に残しているカルマ解消が始まっていました。
私はだんだん増えてくる相手の言動の不一致さに違和感を感じていて、それはどの場面でもエネルギーとして伝わってきていました。本音と建て前の「間」で起こってくる「動き」と「嘘」いう所を観ていました。

本音と建前で生きている人って沢山見かけます。無意識にその場を繕うことをするので、どこでねじれが起こっているのか自分でも自覚できない。特に現実が忙しすぎる傾向の人は、振り返っている暇なんてないと言うところに身を置いているし、分離している状態ということもわからないのだと感じます。それは私自身が長年分離していた事に気付くことが出来たからなのですが。
  
相手は私に対して自分の気持ちを伝えることは「わがまま」と呼び、自分に対する「制限」と捉えられました。何よりも自分が言った言葉を忘れて「無意識だから知らない」と言われたことに深く傷つくことが耐えられなかった。それが無関心で冷たい言葉でしかなく、益々悲しくて辛いという感情を体験することになり、蟻地獄のように這い上がれなくなって泣くしかなかった。泣くというのが尋常ではなく、日々とめどなく流れてくる涙と時々泣き喚くという行動。泣き喚くことなんて人生で産まれて始めてのことでした。

2人の間で起こっていることを、切り離して捉えられたこと。自分には関係ないというスタンスに「意味がわからない!」「関わっているでしょう?」となっていました。視点を変えて俯瞰すれば実際関係ないと言われたならそうなのですが、人間的感情でぐちゃぐちゃになっていました。
   
こんなに苦しいならば離れよう。
 
何をしていても意識を向ければ悲しさの波として伝わることに、何度も離れようと思ってしまう自分、3次元的に見てわけのわからない事実を受け入れがたく「一緒にいるのは嫌」だと思う自分、もう二度と離れたくなという魂からの混在した声の葛藤に翻弄されていました。
本当の声の見分けもつかないくらいになっていました。でも、きっとどれも本当の声なんだろう~って最近思います。

3次元意識の私や宇宙的意識の私が同時に声を発している。
そんな感じ・・。
    
ツインレイに関しての記事を読んでみて「サイレント」という期間があるのは、こうした苦しみから一旦離れるのは自分を立て直すことに集中するためなのかもしれませんね。
これも個々によって体験も違うから何とも言えません。私の経験上、色んな記事を読むのも一旦やめてみるのもいいと思います。書いている事と自分の体験を比較してしまい、落ち込むこともあるし、逆に安心することもあります。どちらにしても、体験していることへ自己信頼をすることに成長があると感じています。

体験してみて今の私からの見えている世界のまとめとして言うと、過去の清算も含まれていたし、新しい次元の扉を開くためのプロセスでもあったし、感情が教えてくれたことは計り知れない私のギフトへなりました。
ツインレイという言葉を知り、そのプロセスの一部だったことなんでしょう。相手がそうか?と問われたら「わかりません」ですし、もうどっちでもいい。事に私の中では変わりました。こだわる必要もなく、多次元的に存在し続ける2人に何かしらの通過点があるのならその世界でまた再会しているのかもしれない。ひとつ超えた多次元的な愛に視点を置き換えました。
  
 
ギフトになった瞬間タイムラインが変わります。

参考記事↓

☆何十年も握りしめていた事

☆タイムラインって無意識で変更できている

そう・・・最初に書きましたが私は「愛」を体験すると宣言した通りに、
色んな愛の形とエネルギーを体験して自己愛を深め、まだ再生途中です。
自己愛とは自己信頼を育てていきます。生きている限り自分に対しての自己愛を深めれば深めるほどに、目の前の現象は変化していくことが実感できると思います。
  

愛の反対は無関心というマザーテレサが言っていますが、まさに私はその体験もしました。
無関心が運んでくる悲しさは、深海の底に潜っていることみたいな感じ。色んなエネルギーの波が教えてくれる体感を私自身が信頼しきることに大きな意味があったのです。

ただね、再生途中もなかなかハードな時があり(笑)
だって絶対こんなこと思わないのに・・・。
「殺意」が沸いてくるし、ずっと見張られているエネルギー。
その発生源を感じて怒りのエネルギーに変わっても、しばらくは私自身体験させてあげていました。眠らせていた私の感情の一部なら、拒絶せずにやることが私の情熱なのかもしれません。
やり切ってみて、今はなにも感じない時もあるのだけれど突然また「怒り」に変わる瞬間が
あるのでその都度やり切るだけです。
怒りも殺意も発生源は質の違う愛に変わりはない。使い方、出し方のベクトルが変わったものであり、それを認識して純度の高い愛へ変換するだけです。

愛へ向かう為には最初に感情の陰陽がサインとして教えてくれます。
愛情が不足しているという欠乏感がベースにあれば、現実はいつも足りない方向性で
自分へそれを運んでくるのだと改めてわかりました。愛情と愛は似ていて非なるもの。愛は全部を包み込むほどの大きなエネルギーに変わります。

 
この学んだ体験を自分の創造性に使うことが私のひとつの目的みたいですね♪
ものすご~~~くしんどかったけれど、ひとつずつ私へのギフトへ変換途中です。この体験を親しい友人たちに話していましたが、誰も否定することなく寄り添ってもらえたことが私には一番大きなギフトのひとつでもあります。ちゃんとやり切るまで見守ってもらえたこと、その後のサポートをしてもらえたことに感謝しかありません。

  
どの生き方も間違えなんてないし、それが自分の人生に責任をもつということに変わりはないのだと思う。人が葛藤するのはその体験で感じる自分が握っているものを、超えていきたいからだと思うのです。だから、無意識に負荷をかけている。それさえ知っていれば、心も体も緩んで、魂の願いに沿いながら生きることが出来るのだと思います。

こんな体験を夢物語ではなく、これから実際に動き出す人が増えていくのかなぁ~

そんな光景さえも自由選択ですね♪

あなたはどの選択をして生きたいですか?

長文読んでいただきありがとうございました☆ 感謝❤

いつもクリックありがとうございます💛

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私が私へ送った最大限のギフト~1~

さおりです。

今回からタグに「多次元的視点」をつけてみました。
私自身の多次元的視点から見る内容ということで、読んでいただけるかな^^と。

去年の秋始まった再会が私にもたらしたこと。

この現象については「ツインレイ」として記事に何度かあげてきましたが、
またひとつ理解が深まったので書いてみたいと思います。

ツインというのは魂の双子という意味です。
そのツインの中にもカテゴリーがあります。

ツインソウル・・・自分とよく似た雰囲気や資質をもった存在で、一緒にいると心地よい。
ここに関してはソウルなので、元はひとつという概念からすれば双子という解釈よりも、よく似た
タイプが沢山いるよね~という感じ。魂のかけらを分け合っている存在。もちろん成長しあうので
すから、嫌だと感じることも多いでしょう。心地のよい夫婦ってグループソウルが同じなのかもし
れないなぁ~と思います。もちろん心地よさだけではなく学び合いもあります。

ツインフレーム・・・意識としての枠組みやフレームが似ている。という感じ。ここに関してはソ
ウルよりも人数的には少数になると思われますが、質としてより高め合い一緒に何かを成し遂げて
いくという傾向にあります。ですので自分の使命に気付いていくプロセスが含まれていきます。
心地よさと同時に、質の違いを認め合うことでより大きな目的地へと向かう相手。仕事相手かもし
れない、夫婦かもしれない、同性や子供かもしれない。ということ。意見を出し合いぶつかり合
い、認め合い、高め合う関係性。
役割としてはタイプが真逆かもしれないけれど、分かり合えるポイントも多い気がします。

ツインレイ・・・自分の唯一の魂の片割れ。一人しかいないと言われています。究極の相手。
究極が付くという事は、自分のタブーとしている側面を相手が持っていてそれを統合されることがひとつに戻るということ。
ですから、ツインレイに出逢うことは、恋愛というふわふわした体験よりも、「あなたはどんな自
分でも受け入れることが出来ますか?」という覚悟を問われます。
どんな自分でも?というのは、それって常識的にいいの?というこや
自分の握りしめている信念なんて初めからなかったことに気付かされる。そういったことの連続です。自分のタブーとしていることを難なくやってのける相手の持っている質と自分の質との統合。
もちろん自分とのピースがぴったり重なり合うという性質も持ち合わせています。だからこそ、重なり合った瞬間のエネルギーが爆発的に創造されるのでしょう。

  
ここに関してもレイの相手は異性に限定されずに、フレームより持っているエネルギーの質量が大きくなるという認識になります。
私が実際知っている方は、相手が肉体を持たない宇宙意識の方でした。

私たちが認識している概念を超えて存在させてくれる相手であり、エネルギー体としてのレイとしてお互いの関係を深めるということも在りえると言うことになります。

どの領域であっても、お互い学び合うという視点での現象化はあるわけですから、嫌だなと感じるその質を統合させるという点ではどこのツインでも変わらないと思います。

エネルギーの質量で言うと、ソウル→フレーム→レイとなり、もちろんレイは現象としてエネルギーを扱う領域が一番大きくなります。

もちろんツインかどうかにこだわる必要性もないし、知らなくても全然いいと私は思います。

ただただ純粋にお互いの関係性を育てていくことに関しては、どういう状態であったとしてもパートナーシップとしての学びとギフトが必ずあります。それがその可能性は無限に広がっていると感じています。

・・・∞・・・∞・・・∞

ただね・・私も正直わかりません。
ツインレイに関しては、そこに向かう為に(ひとつに戻る)光と闇を統合させるプロセスが前提にあるのだと体験してみてわかるし、自分も相手もしっかりとした柱をもたないと倒れます。
実際私は倒れてしまった・・。おそらく相手も。

そして何よりも私が本当に肉体をもってそのツインレイのプロセスをやりたいのか?
なのです。
 
この肉体をもって取り組むことがいかに負担がかかるのか、密度をあげていたからなのか真逆の至福感を同時に体感するというタブーと幸せという名の究極の陰陽体験。
意識体だけでは、きっと簡単に行われてしまうのだと思う。だからこそ人間としてここを体験するというのが願いなのかもしれない。
  
多くの人は地球という制限の惑星に産まれてきていること自体、何か解放させて統合するという願いがあるだろうし、もしかしたら制限なんて関係なく周りに迷惑をかけていることも気づかない事を体験する人もいる。

あぁ、言語にすると難しい。
迷惑とか制限という言葉自体が、3次元的ルールーの枠組みを感じさせるのだけれど
そもそもそのルールや枠をジャッジする必要がなく生きている人もいるということです。
それがその個人の学びであり成長として産まれてきているのだから。

まだ本題にたどり着いてないけど、既に長いので次回へ続きます。

いつもクリックありがとうございます💛

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あぁ・・そうか!

さおりです。

「あぁ・・そうか!」

って、気付く瞬間が人生の中でたくさん訪れる。

それは問題に答えて解けたときの気持ち。

自分の今担当している次元でのそれぞれの問題(と思える)や疑問に取り組み腑に落としていく。

私は昨夜自分がこの3次元何を目的として降りてきたのか?を思い出した瞬間がありました。
光として降りた私の意識はどこへも行かずにずっと共にいたことを体感する瞬間でもあって、それは感動的でした。

そして今朝、前回の「次元とチャクラの体感は深まっていた」の加筆を書き終えた時
またひとつわかった事があった。

多次元を行き来している私の意識は、このblogを読んでいる人ならわかるかと思うけれど
解りやすい記事の時と難解な時がある。

よく「さおりさんの記事はわかりません」と言われることが多い。
逆に、前はわからなかったけれども、わかるようになりましたという事もあります。

それに対して、自分でもその難解さ?を感じる瞬間があるから時々どうやったらわかりやすく伝わるのかなぁ?と思い悩むときもあって。
でも、これが私の多次元的視点の才能なのだと・・
気付いた(笑)←今、めっちゃ褒めてる瞬間です♡
あまりにも普通すぎてわからなかった(笑)
 
その時体験したことを記事にしている。それがそもそも私のその時の多次元視点から書いているということ。だから読み手側にはわかりやすい時とわからない時があって当たり前なのです。
 
 
 今トランスフォーメションタロットを習っていますが、何度も出てくる「明け渡す」ことの理解も
深まりました。

私は共感力が高めだと思います。とはいえ、他の人と比べてきたというわけでもないのですが、そう感じる瞬間が沢山あるというだけ。その共感力が作用する受信力に対して辛すぎることもあって、「使いません」と閉じました。最近まで・・

自分と近い関係性の人と関わる時、本質のところと表に出しているそのエネルギーの波の違いにとてもがっかりして自分が傷つくというスパイラルに嫌気がさしていたからという理由が一番大きい。私の妄想なのか?と思う事にした時もあって・・。
本当にそれが体質なのか?ということさえも疑ったりして(笑)

それさえも、結局は自分の為であることも今ならわかる。

この共感力と明け渡すことを役割として私が使った時、最大限喜ぶ瞬間が訪れる方向へもう来ている・・。

多次元的に使うのか、フォーカスして使うのか・・

ここさえ自由に。

だから0次元・0チャクラと8次元8チャクラの重要さが活かされるのだなぁ~。
もちろん「ハートチャクラを中心に」が基本でのお話。

パズルの図柄にピースが浮いてはまっていたのが、カチッっとなったような体感です。
 
でも3次元的に生活してますし、ふつ~です。
いたって^^

おかげさまでランキング上がってきています。
ポチしてくれてありがとう♪

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