「感じる」ことに意識を向ける

あけまして おめでとうございます。
2018年もどうぞよろしくお願いします。

新しい屋号は、1月中旬の発表を予定してます♪

2018年どうなっていくのかな~?
みなさんはどう感じていますか?

「どう感じるか」

これを投げかけた時、どれだけの人が「こう感じます」と言えるだろうか。
私もそうでしたし、まだその質問においてわからない時もあるけれど
多くの人は自分の今感じている心に対して鈍感です。

「あなたの今の気持ちは?」

嬉しい・幸せ・悲しい・苦しい???

益々、自分の本心に耳を傾け、目や体感で感じ取る事が重要になってくると思います。
現実に翻弄されて、心の中を置き去りにして生きてこなかった人たちにとっては、向きあうことになりそうです。現実と心を切り離しているのが当たり前の人には、病気やケガがサインとして教えてくれますから、私たちは本当に本来の姿に戻るためにどれだけでも成長する機会を与えてもらっているのだとわかります。

というのが、私の感じている今の雰囲気です。

隠してもバレてしまいますから、時には無邪気に表現することであったり、
それが間違えているように思えても、自分に対して正直に表現したい。

と、今無意識に書いていましたが
早速そういう事を身近な人に伝えたところでした。

私の正直さは時に厳しいかもしれないけれど、それでも心地よく駆け抜けていくのです。

 

1月2日の大阪上空。彩雲がキラキラでした。

いつも応援ありがとうございます☆

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今年もありがとうございました。

さおりです。

今年も残りわずかになりましたね。
私は今年は個人的に激動の1年でした。
それは、私にとって沢山の感動や色んな感情で崩壊した体験が詰まった人生の1ページとなりました。

私の中にあった情熱。
命がけで過ごしました。
こんな自分を思いっきり愛おしく思います。
 
すべて起こったことは私が創造していたこと。
例え望んでいなかった方向へ進んだように見えても、どうのように言われても
私の体験は私にしか出来ない真実であったことには違いありません。

この半年更地になった私を一つずつ愛で立て直してきました。

内なる世界は私の外側へと現れる。
それを知りつつ反転させシフトさせてきた私と出来なかった私の葛藤。
まだまだ未知の世界を創っていけることを知っている♪

みんな意識下では成長と進化を望んでいるからこそ、日々葛藤するし個々に何かを追及している。
嫌いなものから、いかに才能を見出せるか?
私は自分の嫌っていた感情のなかに沢山のギフトを頂きました。


 
どうやら10年ほど使ってきた屋号を手放す流れのようです。
みえたビジョンから名前とシンボルが決定しつつあるのですが、どうしてそんな流れなのか自分でも不思議でなりません。

それでも、自己信頼をおきながら2018年は新しい屋号で活動してまいりますので
どうぞよろしくお願いします。

今年も沢山の方との出逢いをし、一方で別れも体験し、サポートし合える魂たちの存在に助けられました。
心から感謝します☆

いつも読んで下さりありがとう♡

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全く新しい世界へ

さおりです。

 Christmas Eveかーー✨

今年はなーーんもない。あるのは首から背中にかけての痛み(笑)

そーじしよーと思ってたけど、無理なくらいの痛み。

なので私の世界の見直しをして

アップデート中。

この首から背中痛みもそう。

新しい何かが産まれる途中のようです。

ほぼほぼ

変わっていくみたい。

やり方を。

昨夜思い立って作ったマカバ✨

虹と金色の世界へ。

このマカバちゃんは、どんどん変化変容を促していきます。

来年はWSできるかも♪

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間に生まれるものを大切に

さおりです。

今日は冬至。またひとつのサイクルの切り替わりポイントですね。
私たちは自分だけの色の花を咲かせる為に、種を蒔き育て、時に試行錯誤して
変化変容を繰り返しながら過ごしています。

その花を咲かせる途中に、蝶々があなたの茎や葉に卵を産みさなぎになり閉じこもり
さなぎの中で一度どろどろに崩壊します。
そして全く違った形へと変態を遂げて飛び立っていく。

それもあなたの花を咲かせるための一部で起こった出来事。
花は花としてそこに留まっている事もできるし、また違う種を運ぶこともできる。

人生とはこの繰り返しで、私たちは

生と死のあいだにある体験をしています

この「間」に産まれることを大切に生きて欲しいなと感じます。

それは誰かとの関係性との間に生まれるエネルギーであり、それが創造していく力。

「合わない」「嫌だ」という感覚は大事にしなからも、ではその感覚は一体何を自分に教えてくれているのだろう?と矢印を内に向けていくこと。

それが私がいつも言う「ギフト」になるから。

それが自分だけの宝物になっていく。

そうしてあなたという種は何度も何度も開花していく。

私の育てている女性性も男性性も、子供たちは見せてくれています。
息子からは「いつも甘えさせてもらってありがとう」という言葉をもらいました。
長い冬眠中の彼が少しずつ変化している。
私の世界の蝶々がひとつ飛びたった瞬間でもあります。
嬉しかった~~♡
今日は6時半には家をでてUSJへ行きました♪

いつも応援ありがとうございます♪

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私が私へ送った最大限のギフト2

さおりです。

前回の私が私へ送った最大限のギフトより続いています。

今の段階でこれについて書くのは最終です。

体験したことを私がギフトへ変えたのか!なので、これから先どうなりたいのか?と言う所には今私は焦点を置いていません。それを踏まえてお読みください。

実は毎回勇気出して書いてます(笑)
ここを書くことは真面目な性質の私にとっての勇気と覚悟が大きいのです。
何故書いているかは、自分を表現するということを超えていくことがギフトになることを知っているから。どの記事もそうですが、このblogは私の体感を通して書いていることでその時の出した言葉に嘘はありません。

ただ自分の取り組みをやり続けた結果として、変更されるという事は起こってきます。
それは現象が動くという事であって、自分への理解が深くなった視点からまた書くという行動に繋がるからです。
 
特にツインレイに関しては体験している人も少なく、誰かと気軽に答え合わせするレベルでもなく
どれが正解だということもない。

きっと個々での体験そのものがその人の正解になっていくということだけだと思うのです。
これはどの人の人生の体験でも同じことなんです。全部体験を通して、生き方や在り方を知っていくことが愛そのものなのだと。

このツインレイが壮大な宇宙のシナリオなのだとしたら?体感なんて集約することはできないはず。私の体験にしても、エネルギーと現実を動かしていく交流という点でみればあまりにも短すぎて、「こうだからこうなりました!」という所までの検証と理解は出来ていないのが事実です。

さて、話を戻します。

去年の10月突然始まった身体の変容。
何度も何度も自分の内側と対話をし、変化変容しながら新しい領域へ行くのが楽しかった状態でした。その流れのなか私は去年受けたともちゃんの次元ワークフォルメンの設定の時、「愛」について体験すると言ってから1か月経たない状態での出来事。その時この設定が動いている事も全然気づいてはいなかった。
 
もちろん愛という掴めない言葉の大きさの中に、ツインの交流というところは私自身も認識していなかったのが事実で、混乱から始まりました。
  
ただ私と関わってくださっている方の中でツインレイに取り組んでいる人と接する機会が多かったので、「そういう現象があるのだね。すごい不思議だね~」というくらい。そういう魂同士の約束が運んでくることってあるのだろうけれど、私には全く関係ないことだと思っていました。でも、やたらそのキーワードは耳にするよね~ってくらいの感じではありました。

最初の変容。
私は相手と会ってもいないのに、突然エネルギーでの交流がハートチャクラを通して起こり、相手に意識を向けるだけで全身が溶けていくという体感を繰り返し、幸せというエネルギーに包まれていました。私は何が起こっているのか理解できる知識もなく、めちゃめちゃ混乱していました。エネルギーがもたらす「うねり」を、ただ感じるしかなかったのです。

ハートチャクラを通してもらたされるエネルギーと言うのが重要なポイントだと思います。
そのハートからくるエネルギーが全身を駆け抜けていく心地よさを体感で覚えています。

同時に睡眠が平均3時間になり、不食という現象が起き始め、気が付いたら2週間で体重が5キロほど減っていたと思います。でも、肉体的に不調はなくどちらかというとめちゃめちゃ元気でした。
ライトボディという言葉がありますが、おそらくその状態に近かったのでは?と。

ここに関してずっと思っていた事・・「あの至福なエネルギー体験は何?」という疑問。
相手との関係性が終わってからもずっと不思議でならなかったこと。私は説明のつかない体験にずっとこだわっていました。それは私の知りたいと言う情熱だった訳ですが、その事がまたひとつ深い視点で腑に落ちた。これが8次元交流を通してもたらされるエネルギー。溶け合ってひとつになっていく感覚で、境目がないという体感。
あぁ、、、人として肉体を持ち振動数をあげて交流するということはきっとこの体感なのかもしれない・・と感じたのです。
    
ツインレイが肉体次元で出会うということは、この境目のないエネルギーを体験するということがひとつの目的にも含まれているのだと感じました。この感覚が元々ひとつであったことの記憶なのかもしれません。

溶け合う体験するということは相手も顕在意識では認識はないが、その時8次元以上のエネルギーをもっていたという事になるのかもしれません。そこは定かではないのですが、私がその時相手から感じた行動と言葉はとてもカチッと心地よくはまっていました。何よりお互いのハートチャクラも健全な状態であることも重要です。ハートチャクラは感じるということを得意としているので、同じエネルギー発信と受信をもたないと起こらない現象なのかもしれません。
ラジオの周波数と同じですね。
  
実際相手にハートチャクラについて聞いた時「底なしの世界、どこまであるの?」という表現でした。体感というよりも、ハートの奥に広がる無限の宇宙を感じていたようなエネルギーでした。それを聴いた時、「あ~この領域の話の共有ができるんだ。やっと・・」と思ったのでした。その時私はきっと相手を通して自分の光を見ていたのでしょう。それが何よりも幸せという表現になってしまうのが、勿体ないのですが・・。
わたしはあなた
あなたはわたし という表現になるのかな・・。
 
陰陽セットではないと働きがない現象なのでは?と感じています。だってそれが起こるのならば、出逢う人みんなに私はその至福のエネルギーを感じてしまうことになるから(笑)
ただ、これがレイだけではなくフレームにも起こるのか?と聞かれたらわかりません。もしかすると、起こるのかもしれない。

0次元と8次元を統合させていったとき、次々に肉体の方の各チャクラの統合に向けて陰陽が現れ始めたのです。

まず、第1チャクラの生存や集団と7チャクラの委ねるという行動。
存在自体をあるがまま受け入れるという宇宙視点から見た私の統合は、ここに関してとてもスムーズでした。
実際に再会した時相手が辿ってきたプロセスを聴いて、「本当におつされさまです。私の世界では体験できない道を体験して下さって感謝しかありません」という思いでした。
 
私はあなたの全部を受容できる。そんな感じでした。
そしてこの時が一番お互いを共有できた時間でした。この後、物理的に共有できる時間はなくなって行きました。
 
それから、2~6チャクラをずっと鍛えられました。
最初はハートチャクラに聴いてやっている事に自覚があり、それは全部のチャクラの古いエネギの掃除をして、新しいスペースを空ける為に構築しなおしている感覚でした。

私は私に沸いた感情をハートにもう一度聴きなおすんです。
「本当にそう思っている?」と。余計な思考を外した先に残るのは、シンプルな「嬉しい」「悲しい」「楽しい」という言葉たちになりました。
ここから、第3チャクラの個人の恐れを超え、第5チャクラを通して相手へ伝えることが出来るか?の所を何度も何度もやりました。
自分の心に留めるのではなく、「私の気持ちは素直にこう!」という伝えるトレーニング。そこに見返りと期待はいれない。そうすることで私の第2チャクラの情熱は一緒に第6チャクラへと繋がれていっていました。このチャクラからチャクラへの作用がスムーズである時、現象も望んでいる方へと進んでいくのですね。
 
でも、あることをきっかけに次第にハートチャクラが閉じていくのです。
相手が隠していた事実を時間が経ったある日聞かされた時、私は絶望感と恐怖に飲み込まれていくのです。
 
それはお互いの目的地を決めた直後でした。冷静に思い返すと、今の私の意識状態からみるとただの「お試し」ということなのですが・・。その時は恐怖でしかなかった。
 
健全ではない状態になってしまった時、感情を上手にコントロールすることが困難になったのです。俯瞰するという私が得意としていた6チャクラが崩れていました。
2チャクラが優位になってしまったのです。そうすると今度は第3チャクラも暴走し始めて、何もかも雪崩のような状態。そしてハートに聴いてもかすかなその声を私はキャッチすることがだんだん困難になってきていました。
恐怖が運んでくる、「捻じれ」。シンプルな言葉は思考の罠に引っかかり、妄想の中にいる自分。だから現実もどんどんおかしくなっていきます。
   
完全に私はその時、おかしい自分に気付いていながらも自分を脇に置いて相手そのものになった時期がありました。
元々エンパス体質だったので、同化が起こっていました。
相手がベースにして生きてきた激しい嫉妬(これは自分で自覚して伝えられていました)を、私が
媒体となり感情を出していく。そうすると私の中にもあって忘れていた嫉妬と一緒になり、出す時はエネルギーの質量として何倍もの出力となるのです。
ですからぶつけられた方はたまったもんじゃない・・という状態だったはず。
でも、それって自分のエネルギーなんだけどね(苦笑)まさか自分のエネルギーだなんて知る由もないのだけれど。

  
肉体のチャクラの陰陽で見せられる現象と自分のところで統合するエネルギーの区別がつきにくくなってしまっていました。相手の課題までやろうとしてしまって、第3チャクラの境界線も超えていったことがありました。
第3チャクラは境界線を保ちながら「明け渡す」という行為がありますが、私は明け渡している状態ではなく度を越して同化状態。私の中に心配という言葉さえ忘れていたのに心配というエネルギーが次第に私の中を支配すようになって、ある日それは怒りに変わったのです。
現象自体に怒っているのではないのに、感情のまま怒ってしまうという理解不能な行動。でも自分でも気づいているんですよ?意識の片隅で・・。

私のエンパス体質が近い関係性の中で起こした弱さ。明け渡すという行為が、役割の状態としての働きではなく、陰に傾き同化するという方向へいってしまったのです。
同化するとはまるで相手のように振舞ってしまう・・ということ。
ここで、私自身の課題が浮き彫りになったのです。
  
「君の名は」を観た方はわかるかもしれません。あのストーリーで起きていたのは意識が丸ごと相手の中にあり体験も全部している状態、私の場合は意識の一部が入れ替わり相手の感情の激しさを体験したり、時々相手の肉体の痛みも体験するということが起こっていたような感じです。
急に「孤独」が襲ってきたり、底知れぬ「寂しさ」で泣き続けることがありました。それは意識を向けた後に起こっていましたが、その時はわかりませんでした。
だから、自分自身が混乱状態なのです。私自身のエネルギーは明け渡すことで枯渇状態でしたので、もう自分で循環していけるポイントも見つけることが出来ず、頭の声はいつも相手の中にありました。自分の事に集中できないんです。どうやっても・・・。意識が丸ごと持っていかれている、自分が持って行ってしまっている状態が長く続きました。

この体験が魂の作用からの感覚なのか?人間的な私の体質絡みなのか・・。
もちろん「種」はもっていたのだと思います。細かい動きに関して確信が持てません。だた、ひとつのきっかけがトリガーになったのは事実で体験自体も複数が絡んでいたのかもしれません。このトリガーは他の記事で書いていたと思いますが、「女性」としての私自身をどう扱うのか・・が焦点でした。比較して自分の価値を下げていく事で、恐怖が襲ってきただけの現象。だと今ならわかります。

相手もまたどうしようもない恐怖を感じていたと思います。顕在意識では本当にわからなかったでしょうが、現実がどんどん収集のつかない方向へ行ってしまっているようでした。
その時よく読んでいたツインレイの記事に書いてあったのですが、自分が精神的領域を扱う役割ならば、相手は3次元的な現実のところが忙しくなるということが起こるそうです。

でも、ある意味整理されていないエネルギーの掃除が始まっていたのだと思います。こうしてお互い個々に残しているカルマ解消が始まっていました。
私はだんだん増えてくる相手の言動の不一致さに違和感を感じていて、それはどの場面でもエネルギーとして伝わってきていました。本音と建て前の「間」で起こってくる「動き」と「嘘」いう所を観ていました。

本音と建前で生きている人って沢山見かけます。無意識にその場を繕うことをするので、どこでねじれが起こっているのか自分でも自覚できない。特に現実が忙しすぎる傾向の人は、振り返っている暇なんてないと言うところに身を置いているし、分離している状態ということもわからないのだと感じます。それは私自身が長年分離していた事に気付くことが出来たからなのですが。
  
相手は私に対して自分の気持ちを伝えることは「わがまま」と呼び、自分に対する「制限」と捉えられました。何よりも自分が言った言葉を忘れて「無意識だから知らない」と言われたことに深く傷つくことが耐えられなかった。それが無関心で冷たい言葉でしかなく、益々悲しくて辛いという感情を体験することになり、蟻地獄のように這い上がれなくなって泣くしかなかった。泣くというのが尋常ではなく、日々とめどなく流れてくる涙と時々泣き喚くという行動。泣き喚くことなんて人生で産まれて始めてのことでした。

2人の間で起こっていることを、切り離して捉えられたこと。自分には関係ないというスタンスに「意味がわからない!」「関わっているでしょう?」となっていました。視点を変えて俯瞰すれば実際関係ないと言われたならそうなのですが、人間的感情でぐちゃぐちゃになっていました。
   
こんなに苦しいならば離れよう。
 
何をしていても意識を向ければ悲しさの波として伝わることに、何度も離れようと思ってしまう自分、3次元的に見てわけのわからない事実を受け入れがたく「一緒にいるのは嫌」だと思う自分、もう二度と離れたくなという魂からの混在した声の葛藤に翻弄されていました。
本当の声の見分けもつかないくらいになっていました。でも、きっとどれも本当の声なんだろう~って最近思います。

3次元意識の私や宇宙的意識の私が同時に声を発している。
そんな感じ・・。
    
ツインレイに関しての記事を読んでみて「サイレント」という期間があるのは、こうした苦しみから一旦離れるのは自分を立て直すことに集中するためなのかもしれませんね。
これも個々によって体験も違うから何とも言えません。私の経験上、色んな記事を読むのも一旦やめてみるのもいいと思います。書いている事と自分の体験を比較してしまい、落ち込むこともあるし、逆に安心することもあります。どちらにしても、体験していることへ自己信頼をすることに成長があると感じています。

体験してみて今の私からの見えている世界のまとめとして言うと、過去の清算も含まれていたし、新しい次元の扉を開くためのプロセスでもあったし、感情が教えてくれたことは計り知れない私のギフトへなりました。
ツインレイという言葉を知り、そのプロセスの一部だったことなんでしょう。相手がそうか?と問われたら「わかりません」ですし、もうどっちでもいい。事に私の中では変わりました。こだわる必要もなく、多次元的に存在し続ける2人に何かしらの通過点があるのならその世界でまた再会しているのかもしれない。ひとつ超えた多次元的な愛に視点を置き換えました。
  
 
ギフトになった瞬間タイムラインが変わります。

参考記事↓

☆何十年も握りしめていた事

☆タイムラインって無意識で変更できている

そう・・・最初に書きましたが私は「愛」を体験すると宣言した通りに、
色んな愛の形とエネルギーを体験して自己愛を深め、まだ再生途中です。
自己愛とは自己信頼を育てていきます。生きている限り自分に対しての自己愛を深めれば深めるほどに、目の前の現象は変化していくことが実感できると思います。
  

愛の反対は無関心というマザーテレサが言っていますが、まさに私はその体験もしました。
無関心が運んでくる悲しさは、深海の底に潜っていることみたいな感じ。色んなエネルギーの波が教えてくれる体感を私自身が信頼しきることに大きな意味があったのです。

ただね、再生途中もなかなかハードな時があり(笑)
だって絶対こんなこと思わないのに・・・。
「殺意」が沸いてくるし、ずっと見張られているエネルギー。
その発生源を感じて怒りのエネルギーに変わっても、しばらくは私自身体験させてあげていました。眠らせていた私の感情の一部なら、拒絶せずにやることが私の情熱なのかもしれません。
やり切ってみて、今はなにも感じない時もあるのだけれど突然また「怒り」に変わる瞬間が
あるのでその都度やり切るだけです。
怒りも殺意も発生源は質の違う愛に変わりはない。使い方、出し方のベクトルが変わったものであり、それを認識して純度の高い愛へ変換するだけです。

愛へ向かう為には最初に感情の陰陽がサインとして教えてくれます。
愛情が不足しているという欠乏感がベースにあれば、現実はいつも足りない方向性で
自分へそれを運んでくるのだと改めてわかりました。愛情と愛は似ていて非なるもの。愛は全部を包み込むほどの大きなエネルギーに変わります。

 
この学んだ体験を自分の創造性に使うことが私のひとつの目的みたいですね♪
ものすご~~~くしんどかったけれど、ひとつずつ私へのギフトへ変換途中です。この体験を親しい友人たちに話していましたが、誰も否定することなく寄り添ってもらえたことが私には一番大きなギフトのひとつでもあります。ちゃんとやり切るまで見守ってもらえたこと、その後のサポートをしてもらえたことに感謝しかありません。

  
どの生き方も間違えなんてないし、それが自分の人生に責任をもつということに変わりはないのだと思う。人が葛藤するのはその体験で感じる自分が握っているものを、超えていきたいからだと思うのです。だから、無意識に負荷をかけている。それさえ知っていれば、心も体も緩んで、魂の願いに沿いながら生きることが出来るのだと思います。

こんな体験を夢物語ではなく、これから実際に動き出す人が増えていくのかなぁ~

そんな光景さえも自由選択ですね♪

あなたはどの選択をして生きたいですか?

長文読んでいただきありがとうございました☆ 感謝❤

いつもクリックありがとうございます💛

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